夢見た正夢




 周瑜の献策に間違いはない。
彼が地図で指し示した場所に、敵軍は必ず現れる。
は前方に迫る太史慈率いる劉ヨウ軍を前に、武器を握り直していた。
太史慈が出陣している間に劉ヨウの本拠地を孫策たち別働隊が制圧する。
太史慈と真っ向から戦うのは避けた方が良い。
周瑜の読み通り、太史慈は身代わりのを大将に据えた本隊へ向けて出陣した。
孫策のように苛烈に戦い抜くことは、今の技量では難しい。
だが、少しでもこちらが偽物だと気取られぬよう振る舞わなければならない。
緊張しないわけがない。
何もしなくても汗がどんどん吹き出してくる。



「おぬしでも昂ぶることがあるのだな」
「当たり前です、程普殿。私が孫策になれるのは外面だけ。中身はただのですよ」
「そう気負うでない。我輩らに任せておけ」



 孫策がだと知れるような事態があってはならないと、志願して側についてくれたのは程普だ。
厳しさの中に優しさが埋もれている老将軍には、こちらの気持ちなどお見通しだ。
周瑜の台頭を快く思っていない可愛らしいところもあるが、他意があってのしかめっ面ではない。
彼にとって孫家は、何があっても守るべき存在だ。
その思いは孫策の下に集った誰もが抱いている。
は、太史慈の軍勢と交戦を始めた孫策軍を後方から見守った。
迫りくる敵をいなす程度は苦労しない。



「孫策! 俺と勝負してもらおう!」
「いかん、・・・否、孫策殿!」
「え?」



 突然目の前に現れた凶器を、慌てて両手の武器で受け止める。
日々の鍛錬と胴に巻いた鉄板のおかげで吹き飛ばされることはなかったが、兵とは比べものにならない威圧感にはぶるりと震えた。
これが太史慈、これが噂に聞く猛将の闘気。
こんなものと正面から戦っては、孫策も無事でいられるかわからない。
ついにこの時が来た。やっと孫策の代わりになれる。
この日のために今日まで生きてきた。
太史慈の目には、きちんと孫策に見えているだろうか。
見えているに決まっている。
今この瞬間彼から注がれている視線には、殺意しかないのだから!



「お前が太史慈か。へっ、話に聞くだけはあるようだな」
「恐れ入る。大将同士、正々堂々と一騎打ちを所望する」
「面白いじゃねぇか。いいぜ太史慈」
「待たれよ孫策殿」
「わりぃな程普。ここは譲れねえ」



 間合いを取り、武器を構える。
どう動けば孫策と悟られないだろうか。
どう戦えば時間を稼げるだろうか。
太史慈の攻撃は一撃一撃が重く、油断をすれば汗と痺れで武器を落としてしまいそうだ。
どうすれば、何をすれば、本拠地の制圧はまだか。
まともに交戦しないこちらに苛立ったのか、太史慈が猛然と突撃してくる。
後退しようとして、無数の馬蹄によって開いた穴に足を取られる。
小さな悲鳴とともに視界ががくんと狭くなり、尻餅をつく。
地面しか見えなくなった視線を正面に戻すと、避けられない位置に太史慈の武器が迫っている。
咄嗟に首を守ろうと体を捻ると胴に武器が喰い込み、は苦悶の叫びを上げた。



「ああああぁっ!!!」
「見損なったぞ、孫策・・・。俺はもっとお前と戦いたかった」
「・・・殺せ」
「なに?」
「欲しいのは首でしょう?」



 痛みすら感じなくなりつつある意識の中で、微かに鬨の声が聞こえる。
ああ、間に合ったのか。
追いかけていた程普たちが太史慈を取り囲み、捕縛している。
腹が熱い、胸も熱い。
呼吸が巧くできない。



! しっかりしろ! なんだってこんな無茶までしてんだよ!」
「孫策・・・?」
「孫策が、2人・・・?」



 夢なのか、孫策が目の前にいる。
ああ、ようやく願いが叶う。
孫策の顔に触れようと伸ばされたの手が、力なく地面に落ちた。

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