マリオネットは夢を見る     6




 街行く人々すべての視線が自分たちに注がれている気がする。
厳密に言えば、隣で物珍しげにきょろきょろと周囲を見回しながら歩いているに浴びせられている。
普段から見られ慣れているのか、平然と歩き続けるの隣で哨戒兵のごとく険しい視線を四方へ配る自分がおかしな気分になってくる。
広い街ですねとから上機嫌で声をかけられた荀攸は、その他大勢の人々とまったく同じ眼差しをへ向けた。
陽の光にきらきらと反射するの髪が眩くて目を細める。
衆人に彼女の美しさを見せたくなくて、陽が差さない部屋に閉じ込めてしまいたくなる。
発想が董卓軍の将とまったく同じで不愉快な気分になる。
あんな奴と気が合うなんてまっぴら御免だ。



「ここもこれから長安のような都になるのでしょうか。楽しみです」
殿は賑やかな街が好きですか?」
「はい! 人が増えれば店も増えますし、明るくなるので」
「一理あります。とはいえ今はまだ発展途上、くれぐれも人気のない路地には入らないように」
「荀攸様とお会いしたような? 私は好きですが・・・。ああいった場所には猫がよくいるんです、可愛いですよ」
「許容できません」



 なんて場所が好きなのだ。
獄に繋がれるような災難に遭ったのに、まだその場を好きと言うのか。
を縛りつけるつもりはないが、彼女に完全な自由を約束することはできない。
はとにかくよく目立つ。
が単独行動をすれば、きっと良からぬ考えを持った男たちが一斉に集まる。
一刻も早く彼女を保護しなければ、は早晩どこぞの誰かに攫われてしまう。
荀攸はを連れたまま宮城へ向かうと、到着を持ちかね居並んでいた荀彧たちからを背に隠した。


































 それが噂の仙女様。
挨拶もそこそこに声をかけてきた瀟洒な男に、はにこと微笑み返した。
仙女が何かはわからないが、荀攸の同僚である以上は失礼な態度は取れない。

 荀攸は何もしなくていいと言った。
主と思わないでほしいと何度も念押しされた。
貂蝉と会った際、きっと姉は荀攸に己の生き様を話してくれたのだと思う。
隠すつもりはなかったし、むしろ、それを望まれて連れ出されたと思っていた。
ずっとそうやって生きてきた。
訊かれなかったから言わなかったが、曹操も見たことはある。
求められれば応じるよう王允に言い含められていたが、その日の曹操は王允から宝剣を授かっただけで出番がなかった。
姉は王允にとってはとっておきの宝物だったが、自身はまさしく売り物だった。
曹操軍麾下の将たちならば、面識のある男はいないだろう。
そのあたりまで考え、荀攸からの同道の求めに応じた―――――という一連の心の裡は、おそらく荀攸は知らないはずだ。
彼に迷惑はかけられない。
何のために連れ出してくれたのか未だ教えてくれない彼は、今日も心底つまらなさそうな険しい表情で隣を歩いていた。
は郭嘉と名乗った青年にゆるりと拱手した。




「荀攸様のお邸でお世話になっております。よろしくお願いいたします」
「堅物揃いの荀家の若者たちを軒並み骨抜きにしたとは聞いていたけど、なるほど確かに人を惑わせる美しさだ」
「まあ、そんな」
「いったいどんな手管で荀攸殿をも陥落せしめたのか、ぜひ一手ご指南いただきたいな」
「郭嘉殿、殿と公達殿に失礼です」
「まあ、見せびらかしたくて連れ歩いているわけではないよね。こんなに美しい娘、荀攸殿の庇護下になかったらすぐに口説いていたよ」
「恐れ入ります」
殿」



 荀攸に鋭く名を呼ばれ、体が跳ねる。
卒なく社交的に応対したつもりだったが、馴れ馴れしすぎただろうか。
郭嘉にも荀攸にも不愉快な思いをさせてしまったのかもしれない。
陽の当たるところで知識人と真っ当に話せるだけの知恵も頭も備わっていないことは承知している。
それでも、どうにかこうにか「ふつうの娘」を演じたつもりだったのだが。
振り返った先の荀攸と目が合う。
不機嫌だ。彼は今、とてつもなく苛ついている。
不愉快の原因は紛れもなく自分だ。
は郭嘉に頭を下げると、荀攸に改めて向き直った。
城下を散策していますと貼り付けた笑みで早口で告げると、荀攸の言葉を待たず宮城に背を向けた。
































 驚くほどに狭量だねと指摘され、何も言い返せない。
郭嘉の世辞を笑顔で的確にあしらうを眺めているのが辛かった。
さすがだなと感嘆したのは初めだけで、後はひたすら羨ましくて妬ましくて堪らなかった。
の笑顔を引き出せる郭嘉が羨ましくて、浮いた言葉も世辞のひとつも言えない口下手な我が身が恨めしかった。
続かない問いを投げ、好きと言われても彼女の好みを拒絶しただけの最前の会話を思い出す。
あんなものは会話ですらなかった。
沈黙を気遣い健気に世間話を始めたに対して、あまりにも冷ややかな対応だった。
荀攸は足早に人混みの中へ去ってしまったの背中を見送ると、深く息を吐いた。
きっとは傷ついた。また傷つけてしまった。
傷ついてもなお戻って来るであろう彼女に甘えている。
不安定なの身元に傲慢でいる。



「私に妬心を向けるのは構わないけれど、女人を射殺すような視線で見つめるのはやめた方がいいよ」
「反省しています」
「見られたくないなら連れて来なければ良かったのに、荀攸殿は難しいことを考えているらしい」
「公達殿は思慮深く繊細な方なのです」
殿も相当に思慮深いと思うけれど。まあ、彼女の場合は思慮深いというよりも生存戦略と言った方がいいのかな」
「やはり郭嘉殿もそう思われましたか」
「荀彧殿と同意見とは光栄だね。とにかく、荀攸殿はもう少し殿に感情を見せてはどうだろう。このままでは殿が不憫だし、曹操殿の元には美女を愛でる将はたくさんいるよ。私を筆頭に」
「善処します・・・が、それはそれとして殿に不躾に言い寄ったことについては謝罪を求めます」



 想像以上に荀攸はに傾倒している。
感情を曝け出し、自制ができなくなった彼はどうなってしまうのだろう。
それすらの思慮深さの範疇にあるとしたら、彼女の美しさは危うすぎる。
願わくば、ただのであってほしい。
郭嘉はの姿を思い出した。
荀攸の冷たさに突きつけられたの強張った表情には偽りを感じられなかった。





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