プロトタイプは恋をする 3
拾ったばかりの子猫の背中を撫でながら、の冒険譚に耳を傾ける。
鳴く壁の正体は、壁に挟まった子猫の鳴き声だった。
壁に挟まるという意味がわからず何度もに尋ね直したが、あまり要領を得ない。
それでもしつこく尋ねると、どうやらひとりで解決した問題ではないことだけは理解できた。
いったい誰の知恵と力を得たのか、と知り合った人物が気になって仕方がない。
もしもの容姿を見られていたら。
知り合った相手が董卓軍だったら。
外での出来事を楽しく話してくれるが、本当に危険なことはなかったのか。
謎が謎を呼ぶの話を根気よく聞き続けていた貂蝉は、言いようのない不安に襲われ胸に手を当てた。
「やはり私も一緒に出かければ良かった」
「お姉様は王允様に駄目と言われていたので、出てはいけません。その代わり私がいくらでも外のお話を聞かせて差し上げます」
「子猫を助けてくれたのはどなたなの? お礼に会いに行くなんて、危険ではない?」
「特に危険な感じはしませんでしたが・・・。実は日差しが眩しくて、その方のお顔はよく見えなくって」
「ねぇ、本当に大丈夫? 話を聞けばその方は董卓軍の兵なのでしょう? 董卓軍にいい話は聞きません、どれもおぞましく恐ろしいものばかり・・・」
「そういえば私も董卓軍の噂を仕入れてきました。なんでも、董卓軍は若い女が好物の化け物を飼っているとか。どんな獣でしょうか、気になります」
目眩がしてきた。
は獣が好きだ。獣もにはよく懐く。
だが、董卓軍が飼っている獣はが思い描くようなもふもふでぷにぷにした、彼女いわく「可愛げがある」獣ではない。
化け物というよりケダモノだ。
欲望に忠実な残酷非道なただの人で、がもっとも近付いてはいけない生き物だ。
が出会った兵とやらも、ケダモノの可能性が大いにある。
もはやそうとしか思えない。
をどんな目で見ていたのか容易に想像ができる。
次に会えばは容赦なく蹂躙される。
ケダモノに全身余す所なく喰われる。
貂蝉が養父から聞いた董卓軍とは、人を人とも思わぬ極悪非道な所業を繰り返す連中が跋扈する組織だった。
「私、この子にブンって名前つけようかなって思ってるんです。ねえブン」
「どうして?」
「この子を助けてくださった方のお名前をお借りしました。呼びやすいでしょう?」
「ねえ、もう少し可愛い名前にしない? お養父様から書物を貸していただいたの。きっとそれにもっといい響きの名前が載っているはず」
「でももうブンって呼んだら鳴いてくれるから・・・」
そろそろ行かないとと呟いたが、貂蝉の膝の上からブンを取り上げる。
ちゃんとは帰ってきてくれるだろうか。
変な痣をつくったり、変に汚れた格好で泣きながら帰ってきたりしないだろうか。
泣きはしない気がする。
様々な教育の賜物で、のその手の概念は常の枠から少し外れている。
貂蝉はいそいそと門を出ていくの背中を見つめた。
養父に、の外出も禁じてほしかった。
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