後方親戚のお兄さん面




 直面したての出来事を、北伐お留守番部隊の趙雲様の枕元でお話する。
串刺しにすれば良かったなあと恐ろしい言葉を朗らかな顔で言ってのける趙雲様の体は、劉備殿が評したとおり全身が胆でできてるんだと思う。
趙雲様は今まで何人を串刺しにしてきたんだろう。
趙雲様の武勇は私のために振るうものではないのに、趙雲様が自負する親戚のお兄さん面というのはなかなかに忙しいお仕事だったらしい。
私は首を横に振ると、あのねと話を続けた。



「趙雲様は孫権殿のご子息がどんな方か知ってますか?」
「いいや、知らないな。私が向こうに行ったのは夷陵の戦いが最後だ。私の体が万全ならば軽く捻ってやれるのに、力不足で申し訳ない」
「孫権殿のご子息も串刺しにするつもりだったんですね」
「無論そのつもりだが。だが殿が孫呉に行くと悲しむ者も多いはず。諸葛亮殿なら何をしても縁談を消し去るだろうが」
「必勝の手を打つ前にすみませんって謝られてしまって、北伐に行ってしまいました」



 孫呉との交渉はすんなりとは決裂しなかったらしい。
孫権殿は観光目的で建業を訪ねた時の私の利発さにいたく感服したとか。
事前に練習したとおりに挨拶しただけの姿を利発と評するなんて、お世辞にしても盛りすぎだと思う。
我が家と縁続きになりたかったのでしょうねと、諸葛亮様は呆れ気味に言っていた。
呉は同盟国で、同盟国の重臣とお近付きになりたいと思うのは当然だ。
でも残念ながら私は諸葛亮様の縁者ではなくて、共通の敵国の重臣の娘だ。
話がすんなり進んだら絶対に駄目なやつだ。
素性が知れたら私は死ぬ。
曹操殿の娘は生きているかもしれないけど、司馬懿の娘はどう考えても死ぬ。
病死に見せかけた毒殺の線が濃厚だ。



「し、死にたくない・・・」
「ははは、さすがにそれは怯えすぎでは。諸葛亮殿の縁者として丁重に扱ってくれると思うが。とはいえ、慣れない土地で一人きりは心細いというもの。私も気がかりではある」
「行かなくていい名案ありますか? 好きな人はいないけど、孫呉には行きたくないんです。我儘だってわかってるんですけど・・・」
「諸葛亮殿でも閃かなかった策を私に求めるとは! そうだな、我儘ついでに劉禅様に泣きついてみてはどうだろう。劉禅様も皆が出陣して寂しい思いをしておられるだろうし、喜んで話し相手になってくれるはず」



 趙雲様の名案は素敵だけど、思いっきり私個人の問題なのに皇帝に泣きついてもいいんだろうか。
劉禅様が力になってくれるならもちろん心強いけど、ますます話が面倒になってしまう気がする。
私も参内できたら良いのだが、と趙雲様が寂しげに呟く。
趙雲様が鎧を脱いでからそれなりの時間が経った。
鎧をつけていない趙雲様も相変わらず美丈夫だけど、お体は少し細くなった気がする。
このところは私でも勝てるようになってしまったと複雑な表情で語る趙雲様のご子息たちも、最近は様々な事情があって忙しくしている。
お父上の任務や兵の引き継ぎなど、時が惜しいみたい。
それを見越してか、誰かに囲まれることが少なくなった絶妙な間合いで縁談を持ち込んできたあの家は強かだなと思う。
苦手だなとは言えない。
断って良かったと心の底からほっとした。



「陛下に、趙雲様に唆されましたって言っておきますね」
「ああ、趙子龍は殿に奇策を授けられるほどには息災だとお伝えしてくれ」



 今日は殿が訪ねてきてくれたと日記に書かねばなあ。
趙雲殿に頼まれ、分厚い冊子を手渡す。
一身之胆也と称賛される趙雲様は意外とマメな性格で、劉備殿を初めてお見かけした日からずっと日記をつけているらしい。
なんでも書いているぞと、いつだったか趙雲様は私と初めて会ったという日の文をちらりと見せてくれた。
その時たまたまボケて書き間違えていたのか、趙雲様が示した頁には、聞き覚えのない将の名前と言った覚えがない台詞が書き残されていた。
私ってば、蜀に来たばっかりのあんなに小さい頃から趙雲様のこと、鎧がキラキラしたものすごい美丈夫って言ってたらしい。
たどたどしく喋る程度の幼児には絶対言えないと思うんだけど、趙雲様でも誇張して書くことがあるのかもしれない。
子どものお世辞を山と盛る趙雲様、ちょっとかわいい。



「今日の私も元気いっぱいで可愛かったって書いてくださいね」
「心得た」



 目を細めながらゆっくりと筆を進めていく趙雲様の手元を見つめる。
持つ物を槍から筆へ変えた手に、かつての猛将の面影は遠かった。




諸葛亮殿は、いつになったら「父親」になれるのだ



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