お父さんたちは許さない




 可愛い可愛い目に入れても痛くない、懐に仕舞っておきたいほどに愛らしい娘が孫呉へ小旅行に向かってから、どれだけの日数が経っただろう。
諸葛亮は、静まり返った室内に響き渡る自らのため息の大きさに目を閉じた。
本来はいるはずのないが、今ではかけがえのない存在となっている。
が笑えば妻も自分も心の底から笑えるし、彼女が悲しげな顔をすれば途端に慌ててしまう。
がいなかった頃の生活をもはや思い出せない。
可愛い娘の喜ぶ顔が見たくて笑顔で送り出したが、早く帰ってきてほしい。
寂しすぎて老け込みそうだ。



「急な任務でしたが助かりました、関興」
「いえ、お役に立てて良かったです。しかし姜維殿が不在とは珍しいですね」
「姜維は今、に帯同して孫呉にいます。彼にとっても此度の使者の任は良い経験となるでしょう」
「それは良いこと・・・でしょうか?」



 に近付こうとする輩には一部を除いて躊躇うことなく羽扇を一閃する諸葛亮にも、ついに離れの時期が到来したらしい。
は姜維のことを口うるさい後輩だとばかり愚痴っていたが、姜維はを好ましく思っていたということだろう。
男女の仲はどの書物を紐解いても正解が載っていない、難攻不落の問題だ。
だが天水の麒麟児ともなればそれらも容易に説き伏せてしまうのだろう。
いや、本当に?
関興の自問自答に、諸葛亮がどうしましたかと尋ねた。



「諸葛亮殿は姜維殿が殿を好いているとご存知だったのだな、と」
「・・・・・・私としたことが、聞き漏らしたようです」
殿が戻り次第、華燭の典でしょうか。私たちも張苞も、父より受け継いだ伝統の宴会芸の支度があるので早めに日程を教えていただきたいのですが」
は誰にも渡しませんが?」
「姜維殿はそれほど辛抱できる性分ではないと思います」



 姜維殿みたいな堅苦しい人が実は一番やばいと断言していた、弟の恋人の発言を思い出す。
その場に同席していた星彩も反論しなかったので、鮑三娘の言い分は正しいと断定した。
姜維を擁護できるだけの証拠もなかった。
殿がああだった、殿がこうしたと、長年面倒を見ている自分たちですら気付かないの癖や特徴を話し続ける姜維だ。
あの趙雲すらべたべたに甘やかす天性の愛らしさがある彼女の何が不満なのか、不満を覚える姜維に不満を覚えるくらいだ。
どうせの微笑ましい世間話の間に、暇つぶしとばかりに彼女の頭のてっぺんから足の先まで観察していたのだろう。
軍師として観察眼は大切にしてほしいが、年頃の女人をそんなに凝視するものかなと妙齢の妹を持つ兄としては少々不安にもなる。
それら特質を受け入れた上で姜維を帯同させたとばかり思っていたが、どうやら諸葛亮は何も気付いていなかったらしい。



「私はこれ以上過ちを犯せません。の身に何かあれば、私は姜維を海に沈めます」
「それはやりすぎでは」
「娘を持つ父親とは、いつもこのような心情なのですよ」



なるほど父親とは、鬼神の顔を持っているらしい。
普段何を考えているのかまったく感情を読ませない諸葛亮が、子どもが見れば泣いてしまうような凄まじい顔をしている。
父も戦場以外では見せなかった顔だ。
今すぐ姜維に早馬を飛ばしたい。
早まったことをするな、同道しているのは呂布とでも思え、と。



「諸葛亮殿は、殿が姜維殿を好いているとはお考えにならないのですか?」
は賢い子です、自らと同じ業を背負うような選択はしません」



私は、あの子が選んだものならば何であれ美しい選択と思っているのですが。
諸葛亮の悲しげな言葉に、関興は聞こえなかったふりをした。





「何ですか、このお菓子の山」「趙雲殿が殿にって持ってきたんだけど不在だったから私たちに」「帰ってきたら殿と腕立て千回やって運動しないと!」



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