兄貴分は譲らない
が作る弁当の価値がわからない。
が作っても彼女以外の誰が作っても、腹を満たすという意味以外は何もない。
そうだというのに何を勿体ぶっているのか、は関興の許可を取れとごねた。
またいつもの我儘かなと思い、けれども空腹は耐えられないので関興の元を訪ねる。
が弁当を作るのに関興の許可を要する意味もまったくわからない。
関興はの何なのだ、面白くもない。
斯々然々でと広場でのとのやり取りを話して聞かせた姜維は、最後に申し訳ないと頭を下げた。
「殿の苦し紛れの方便とは思うが、許可を得たと言わなければ殿は納得しないと思うので」
「許可しない」
「そうですよね、許可しない・・・え?」
「ちなみに私が許可を出したとしても、自称終身名誉親戚のお兄さん面の趙雲殿の審議という名の横槍が入ることになっている」
「父は門前払いすると思います」
「とのことなので、殿の料理はまたの機会に頼んではどうだろうか」
話は終わりだろうかと背を向けようとする関興を慌てて呼び止める。
初手から完全に間違えた、関興は本当にから依頼を受けていた。
やや不機嫌な表情を浮かべている関興を懸命に宥め、再び座らせる。
と関興の関係はわからないが、今の関興は完全にの味方だ。
そうだとすれば、先程のをやや貶めた発言からして彼は機嫌を損ねていたのかもしれない。
少し考えればわかることだった。
蜀の若武者たちは皆総じてに甘かった。
騒ぎを聞きつけたのか張苞や関索、星彩が集まってくる。
孤立無援だ。
今から流れるのは楚歌ではなくて非難の大合唱かもしれない。
姜維は逃げ出したくなる心を必死に奮い立たせた。
「待ってくれ。もう一度初めから話を聞いていただきたい」
「何の話ですか?」
「姜維殿が殿に弁当を作ってほしいという話だ」
「兄上、許可したんですか?」
「却下した。殿への誠意と敬意と謝意が欠けているように見えた」
「欠けまくりじゃないか! そりゃあ関興が許可するわけがない」
「ですから、これから私の切実な事情を改めて聞いていただこうと」
「ていうかお義兄さんに許可取りしてこいって言ってる時点でちゃんに作る気なくない? 前は事後報告だったじゃん、お義兄さんも笑顔で事後承諾してたし」
「君は時々薔薇のように棘があることを言うね」
「あたしが薔薇みたいに綺麗って言った!? やだぁ関索ぅ~」
事ここに至っては、何を言っても跳ね返されそうな気がする。
鮑三娘が言うように事後報告という抜け道があるのなら、にもう一度頭を下げて既成事実を作ってしまった方が早そうな気がする。
は諸葛亮夫妻にも甘やかされ育てされた心根の正しい娘だ。
意地悪や卑劣な手段を使うような人物ではないはずなので、誠心誠意押し切れば折れる。
何が何でも折ってみせる。
「姜維殿はなぜ殿の料理が食べたいのですか? 食事なら食堂にあるはずでは」
「丞相府の勤務時間は不規則で、食堂が開いている時間には間に合わない」
「それで丞相に弁当を渡すなら自分の分もと計画したのか」
「握り飯だけでもと食い下がったのだが」
「握り飯なら自分で握れば良いのでは。姜維殿は殿に甘えすぎているように思えます」
「星彩、落ち着けって。でもまあ確かに、俺らも握り飯くらいは持参してる」
「殿の料理は美味しいのに、握り飯で満足されては殿も不本意だと思う。姜維殿は本当に殿の料理を食べたいと心の底から思っているのか? 熱意も足りない、やはり許可できない」
「関興、殿に甘すぎてなんだか変な方向に拗れてるぞ。あ、ちなみにこれ殿が差し入れしてくれた豚煮だけど姜維も食べるか?」
張苞に差し出された器の中身を覗き込む。
匂いだけでわかる、これはものすごく美味い。
確かにこれだけの技量があるのなら、握り飯だけを作らせる方が失礼だと思ってしまう。
一切れの豚煮を食べている間に三切れの豚煮を平らげていた関銀屏が、美味しいですよねと満面の笑みで尋ねる。
美味しいに決まっている。これは食べる人の気持ちを考えた馳走だ。
「殿、私たちの好みに合うようにちょっとずつ味つけとか変えてるそうなんです。姜維殿も作ってもらえたらいいですね!」
「もう一度殿に誠心誠意、言葉を尽くして頼んでみようと思う」
「一緒に食材など買いに行ったらどうですか? 殿は買い物も好きだから気分転換には良いと思う」
「ちゃんとお出かけできる口実できて良かったじゃん! さっすが関索、超名案!」
「そうだな・・・。以前使っていた箱は燃やして捨てたそうなので、箱から買いに行こうと思う」
「・・・・・・」
捨てたと聞いた直後、関興の顔色が悪くなる。
おそらく彼は本当にを妹のように案じているのだろう。
ひょっとしたらが箱を燃やすに至った理由も関興ならば知っているのかもしれない。
なんとなく、知ってはいけない気がしたが。
姜維は差し入れの豚煮を完食すると、の手料理を手に入れるべく再び策を講じ始めた。
「私の出番はいつかな?」「父上、今回は槍はお収め下さい」