麒麟児は歩み寄る
今日の髪型を決めるのは楽だった。
この間選ばなかった方にすると、初めから決めていたからだ。
以前姜維殿が言っていた「次は違う髪型が見てみたい」。
お世辞が言えない正直者の姜維殿だから、これは紛れもない本音だと思う。
綺麗に整えた髪には、どんな髪飾りをつけよう。
お気に入りその1とお気に入りその2を掴み、虎戦車の改良に勤しんでいる月英様と、月英様の隣で難しそうな顔で設計図を見下ろしている諸葛亮様に声をかける。
どっちの髪飾りが似合うと思いますか?
私の場を弁えない問いかけに、おふたりが顔を見合わせて優しく笑いかける。
どちらもとても似合いますがと口火を切った諸葛亮様が、それぞれがなぜ私に似合うのかを懇切丁寧に説いてくれる。
「花はの笑顔によく映えます。明るい印象が持てて、今日のような好天には相応しいと言えるでしょう」
「やっぱり!」
「も大きくなりましたね。蝶のような艶やかな装いも似合うようになるとは、私も嬉しい限りです」
「ですよね! でね諸葛亮様、どっちがいいと思いますか?」
「どちらもにはとても良く似合うと思います・・・」
「さすがは孔明様、ご慧眼です。ところで、今日はどなたと会うのですか?」
花よ蝶よと育てられた私だから、花も蝶も似合うに決まっている。
諸葛亮様も月英様も私に甘すぎるから、どちらも似合うとしか言わない。
どんなに時間をかけても答えは得られない。
わかっていても訊いてしまうのは、おふたりと話す時間が大好きだからだ。
そうやって今日も結局くじ引きで決めた蝶の髪飾りをつけ私は、小走りで姜維殿の邸へ向かった。
刻限に遅れないようにがんばって走っている私を尻目に、きっと姜維殿は今頃のんびりと自分の屋敷で茶でも啜ってるんだろう。
迎えに来るのは諸葛亮様のご機嫌的にどうかなとは思ったけど、せめて諸葛亮様の邸の近くまで迎えに来るとかいった考えは浮かばなかったんだろうか。
浮かんでないから私を呼びつけてるんだろう。
姜維殿には軍略以外も学んでもらいたい。
「は、はっ・・・、こ、こんにちは!」
1人で住んでるはずなのにやたら広い姜維殿の邸の門の前で声を上げる。
すぐに現れた姜維殿が、上から下までじっくりと私を眺めている。
え、なに、私そんなに凝視されるくらいに変な格好してた?
今日の服は星彩殿に見繕ってもらっためちゃくちゃ可愛い色合いのもので、ここに来る途中も街のみんなから可愛い可愛いと称賛の声を浴び続けた自信作なんだけど。
「え、なにその目」
「いや・・・、わざわざ走ってきたのだなと」
「だって姜維殿の邸ちょっと遠いんだもん! 遅れたら姜維殿怒るだろうし。あ、もしかして走ったから髪型おかしくなってる!?」
「いや、似合っていると思うが・・・。出かける前に休んでいかないか?」
「どこで?」
「ここで」
「姜維殿の邸で? 自分が何言ってるかわかってる?」
「・・・すまない、忘れてくれ」
姜維殿の命知らずの親切を一刀両断し、ふううと大きく深呼吸する。
よし、もう大丈夫。
お待たせと声をかけ、改めて姜維殿を顧みる。
今日も姜維殿は趙雲様には負けるけど美丈夫だ。
この間とは着ている服も違う気がする。
暑いのか頬はやや赤い。
厚着してるようには見えないけど、姜維殿のことだから私が来る直前まで鍛錬でもしていたのかも?
でも汗臭くはないし、もしかして具合が悪い?
じいと姜維殿の赤い顔を見上げていると、姜維殿がふいと目を逸らす。
うわ、感じ悪。
「で、では行こうか。目ぼしい店はいくつか絞り込んでいるので、大きさなどを見ながら決めていこうと思っている」
「へえ、調べたんだ」
「私の持ち物になるのだから、そのくらいは当然だ。殿は何か入り用は?」
「買ってくれるの?」
「そういうわけでは・・・」
「嘘嘘、後輩にお金集るようなことはしないって」
姜維殿は足が長い上に歩くのも早いから、遅れないようにまたがんばらないと。
小走り大股を意識して足を踏み出すと、姜維殿がぴたりと隣につく。
あれ、様子が違う。
試しにいつもの調子で歩いてみると、やっぱり姜維殿がぴたりと私の歩く速さに合わせてくれる。
姜維殿、学習してる!
張苞殿や関興殿と一緒なら当たり前の配慮を姜維殿ができていることに妙に感動して、思わず姜維殿の整った横顔を見上げる。
視線に気付いた姜維殿が不思議そうな顔をして小さく笑ったのを見て、落ち着いたはずの心臓がぴくりと跳ねた。
「それで孔明様、今日はあの子は誰と会うのですか?」「え?」