笑えない冗談は激辛
味付けはこれで良かったかな。
何度味見しても姜維殿が好きな味はわからないので、汁を舐めるのはもうやめた。
姜維殿は悪い人じゃないんだろうけど、だからこそ言い方がきつい。
人の心がわからないというか情緒がないというか、だか姜維殿は女の子にもてないんだ!
あんなに美丈夫なのにどうしてとずっと思っていたけど、やっと謎が解けた。
本当にどうにかした方がいいと思う。
私がもうちょっと短気な性格だったら、姜維殿を引っ叩いてた。
「引っ叩いていいと思いますが」
「えっ、いいんですか」
「構いません。の心身を傷つける輩は私にとっては誰であろうと敵です」
「諸葛亮様が言うと処罰とかのお話になりそうで怖いです」
「申し訳ありません。決してを怖がらせるつもりはなかったのですが」
「私も本当には引っ叩かないですから安心して下さい。それよりもお味はどうですか?」
私にはわからない味良し悪しも、諸葛亮様なら答えてくれるかもしれない。
いつでもなんでも褒めてくれる諸葛亮様だ。
案の定、餡は甘すぎず濃すぎず絶品だと称賛してくれた。
野菜も食べやすいように甘めに味付けしたし、これなら野菜嫌いが疑われる姜維殿も文句を言わずに食べてくれるはずだ。
私にお昼を作らせたいくせに肝心の箱を渡さなかった姜維殿は、いったいどんな顔でこれを受け取るのやら。
諸葛亮様の執務室を出た私は、なぜだか部屋のすぐ外にいた姜維殿に体当たりした。
両手に持った熱々の煮物が姜維殿にぶちまけられる・・・!
と思いきや、片手で鍋、片腕で私を掴んだ姜維殿の反応の良さに救われる。
というよりもなぜ姜維殿はこんな場所に。
まさか盗み聞き?
じとーと眺めていると、姜維殿がふいと目を逸らす。
こういうところが特に良くないと思う!
私は姜維殿の向かいに座らず、とんと机を叩いた。
姜維殿よりも遥かに察しの良い文官たちが、そそくさと外に出る。
今日はお天気もいいから外でお昼ご飯日和だ。
「・・・・・・先日は大変失礼した」
「いや、別にいいけど」
「私を引っ叩く相談を丞相としていたようだが・・・」
「聞いてたの? 聞こえてたの?」
「私の名が聞こえたので、呼ばれたのかとつい」
「引っ叩いても返り討ちに遭いそうだからそんな凡愚なことはしないよ。それよりもこれ、食べて食べて」
別に持ってきていた皿と箸を姜維殿に押し付ける。
躊躇ってはいたものの、空腹には勝てなかったようでおずおずと箸を伸ばす。
美味い。
そう言ったきりガツガツと若者の食いっぷりを見せつける姜維殿を眺めていると、引っ叩かなくて良かったなと自分の穏やかな性格ぶりに安堵する。
握り飯も作ったよと追加で差し出した直後にもぐもぐと貪り食べる姜維殿は、ひょっとして朝ご飯も食べてなかったんだろうか。
年頃の青年の胃袋が心配だ。
「美味しい? 味濃くない?」
「ちょうどいい。本当に美味しい、いくらでも食べられる」
「こないだの箱で足りそう?」
「どうだろうか・・・。足りなければ追加でお願いしようと考えている」
「私のご飯好きすぎない? 遠征先で食べられなくて姜維殿かわいそう」
「戦がなくなればいつでも食べられるということか・・・」
「ちゃんと帰ってきてね。でないと箱、また燃やさないといけなくなるから」
「・・・そういうことだったのか」
美味しそうに食べてくれる人がいなくなってしまうのはとても寂しい。
趙雲殿はもうご飯を食べられない。
姜維殿にはめいっぱい食べてほしい。
美味しく食べてくれるなら、何だって作ってあげる。
そうだ、関興殿にも報告しなくっちゃ。
姜維殿から引き取った空っぽの箱を弄ぶ私を、姜維殿が今日何度目かもわからない決まりの悪そうな顔で見つめていた。
「空の箱は障りがあるってほんと?」「知らないな、そんな風説」